生かされてある日々

「世界はエネルギッシュな人間のものである」……エマーソン(1803~1882)米の思想家

落ちこぼれ、その他、茨木のり子詩

「落ちこぼれ」

落ちこぼれ
  和菓子の名につけたいようなやさしさ
落ちこぼれ
  いまは自嘲や出来そこないの謂
落ちこぼれないための
  ばかばかしくも切ない修業
落ちこぼれにこそ
  魅力も風合いも薫るのに
落ちこぼれの実
  いっぱい包容できるのが豊かな大地
それならお前が落ちこぼれろ
  はい 女としてはとっくに落ちこぼれ
落ちこぼれず旨げに成って
  むざむざ食われてなるものか
落ちこぼれ
  結果ではなく
落ちこぼれ
  華々しい意志であれ

「一人は賑やか」

一人でいるのは 賑やかだ
賑やかな賑やかな森だよ
夢がぱちぱち はぜてくる
よからぬ思いも 湧いてくる
エーデルワイスも 毒の茸も

一人でいるのは 賑やかだ
賑やかな賑やかな海だよ
水平線もかたむいて
荒れに荒れっちまう夜もある
なぎの日生まれる馬鹿貝もある

一人でいるのは賑やかだ
誓って負けおしみなんかじゃない

一人でいるとき淋しいやつが
二人寄ったら なお淋しい
おおぜい寄ったなら
だ だ だ だ だっと 堕落だな

恋人よ
まだどこにいるかもわからない 君
一人でいるとき 一番賑やかなヤツで
あってくれ

「波の音」

酒注ぐ音は とくとくとく だが
カリタ カリタ と聴こえる国もあって

波の音は どぶん ざ ざ ざァなのに
チャルサー チャルサー と聴こえる国もある

澄酒を カリタ カリタ と傾けて
波音のチャルサー チャルサー 捲き返す宿で

一人 酔えば
なにもかもが洗い出されてくるような夜です

子供の頃と少しも違わぬ気性が居て
悲しみだけが ずっと深くなって

……「茨木のり子詩集 谷川俊太郎選」岩波文庫より